この私ひとりひとりのための文化遺産 [アイデンティティ論]

「世界遺産」に魅かれる。
TBSの番組も、日曜の夜だったころはずっと見ていた。
文化遺産、特になかなか行けない南米やアフリカの回は絶対に欠かさず。
そんな人が少なくないことを知って驚いた。

同じ気持ちで魅かれるのは世界遺産だけじゃない。
日本のお城は知られていないものにもかなり足を運んでいる。
日本の鉄道の乗りつぶしも6割くらいには達している。
お寺や仏像、神社、古墳、大名庭園、近代建築、町並み、産業遺産・・。
いや、博物館、美術館というだけでも魅かれる。
モノというより、場所。
ただ国宝や重要文化財というだけで心魅かれるけれど、「建築」は特別。
リストを作って、行きつぶしたくなってしまう。

「週刊○○百科」の題材になっていて、
似たようなシリーズが小学館、講談社、朝日新聞、学研・・と
様々な版元から何度も出ているところを見ると、
同じような欲望を感じている人も多いのだろう。

これは、何だろう?どういう心の動きなんだ?
何で買いたくなるんだろう?

記憶・私化の文脈と連動させてアウトラインを描いてみたい。

小川伸彦「モノと記憶の保存」(荻野昌弘編『文化遺産の社会学』新曜社、2002)では、
文化遺産を「記憶保存装置」という機能から読み解いている。

 『「わたし」の記憶を「われわれ」の記憶へと変換』する装置。
記憶がみんなの記憶となることで、人間が「系譜」的な存在であることを強調できる、と。
その中で、
 『関係や出来事といった社会に生起した事柄(コト)を、
 モノに託して現代に伝え後代に残そう』
という傾向が強まっていく。

この『文化遺産の社会学』では、
原爆ドームのような「負の遺産」の概念や
人間国宝のようなかたちのない遺産、
そして琵琶湖博物館のような新世代の博物館といった
日本とフランスの事例を通して、
文化遺産を社会がどう使ってきたか、
そして今どうつきあって行こうとしているのかが追われる。

ところで、
自分のアイデンティティをつくるためには、
何らかのストーリーが必要となる。

これまでは、
そのために集団の「大きな物語」(たとえば日本の復興、とか)を
活用することができた。
しかし現在、
われわれがそうした大きな物語を使おうと思っても
リアリティは感じられない。
就活だったり婚活だったり、
自らのアイデンティティを形作るストーリーを言語化しなければいけないときには、
一人ひとりが自らの人生に起こった出来事を
自ら独自のストーリーに仕上げていかないと、自分すら説得できない。
それを片桐雅隆はこうまとめている。

 『物語の包括的な文脈を構成していた
 抽象的な信念体系や公的領域の物語のもつ
 意味付与機能が衰退化、断片化』
し、そのために
 『個人誌的な物語の探求が
 私的領域の語彙を基盤とした個人の反省的・試行的な営みに
 委ねられるようになってきた』
(片桐雅隆『過去と記憶の社会学』世界思想社、2003、P.205)。

これまでは、『みんなの物語』を活用するための参照物として
活用されてきた文化遺産がそのままでは利用価値を失ったために、
ひとりひとりが自分のストーリーを作っていくため、
それぞれの必要に応じてそれぞれが自分なりの参照物を必要としている、ということ、だ。

たとえば琵琶湖博物館のような博物館では、
 『博物館の側が地域に出向き、さまざまな地域に複数の拠点をおいて、
 学芸員は自らのノウハウを活かしながら、
 地域住民が活動するための支援をする』
ことが理想とされている。
遠野常民大学のような地域の当事者住民による活動も、
エコミュージアムについても、
「この私」のための文化遺産として「モノ」を読み換える活動だ。

さまざまなモノたちを
「これは追憶の秩序用」「これは博物館的欲望用」
「これは集合的記憶参照用」「これは所属欲求用」…と、
(意識はしなくても)自分でキュレーションしていくこと。

それを心地よい、と感じるのか、面倒だ、と感じるのかで、
生きてく際のストレス負担が変わってくる。
だったら、楽しむしかない。

文化遺産の社会学―ルーヴル美術館から原爆ドームまで

文化遺産の社会学―ルーヴル美術館から原爆ドームまで

  • 作者: 小川 伸彦
  • 出版社/メーカー: 新曜社
  • 発売日: 2002/03
  • メディア: 単行本

過去と記憶の社会学―自己論からの展開

過去と記憶の社会学―自己論からの展開

  • 作者: 片桐 雅隆
  • 出版社/メーカー: 世界思想社
  • 発売日: 2003/02
  • メディア: 単行本


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